2011年12月9日金曜日

2011年12月3日土曜日

Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2 / 宇多田ヒカル (2010)

活動休止前の特番で披露された「Show Me Love (Not A Dream)」。宇多田ヒカルのラストシングルだという。

湖底へ沈んでいくような、沈鬱なピアノの旋律。

飾らない天真爛漫な振る舞いが彼女の魅力であったが、本曲で彼女があらわしているのは、直視するのが困難なほどの悩ましい姿である。

だが、偽るでも、逃避するでもなく、あくまでも彼女は自分自身と向き合う。「自分を認める courage」という歌詞が、そのことを強く感じさせる。

キング・クリムゾンの宮殿 / King Crimson (1969)

「21世紀のスキッツォイドマン」の妖しげで不可思議な轟音。 2曲目以降のシンプルな音と独特のテンポで奏でられるアンサンブル。ギター、ドラム、ベースに加え、メロトロンやフルートの音色が独創的な世界をつくりだす。 

それまでのロックの常識を覆し、新たなページを開いた歴史的作品。その意味において、「プログレッシブ」の名がまさに相応しい。「『アビイ・ロード』をチャート1位から蹴落としたアルバム」との評判に偽りはない。


takk... / Sigur Ros (2005)


 慈愛

2011年11月19日土曜日

『大金星』/ 黒田硫黄


黒田硫黄の作品に漂う虚空感。
熱狂と凛冽が流転する無常の世界。
数十ページほどの短編を読んだだけでも、壮大な歴史絵巻を見終えたかのような感慨に浸ることが出来る。

2011年10月19日水曜日

『津軽』/ 太宰治

 私にとって太宰治の魅力とは、一人の作家の作品のなかに、『走れメロス』のように人間愛と浪漫を描いたものと、『斜陽』のようにグロテスクなまでに 生々しく人間の〈生〉を描いたものの両方が存在していることにあった。そのアンビバレンスこそ、この世の人間が抱える苦悩と理想のジレンマを現しており、読者の胸を打ち、 強い共感を覚えさせてくれるのである。
 だが、『津軽』は太宰の捉えた更なる地平をみせてくれた。故郷である「津軽」への旅路の果て、彼はそうしたジレンマを超克さえしうるカタルシスを得る。それは、自らの起源へと回帰すると同時に、到達点へと至る二つの体験であった。その到達点という意味において、太宰の最高傑作との呼び名に偽りはない。

「私の個人主義」/ 夏目漱石

後に則天去私の境地に至る漱石
その過程に極めた「近代的自我とは何か」の答えがここにある。

2011年8月13日土曜日

ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」

フランス革命の英雄ボナパルトに捧げられ、のちに「英雄」として残された作品。これは音楽の歴史における革命である。

これほどまでに情感豊かで、変化に富み、人々の胸を打つ音楽がそれ以前に存在しただろうか?

それはつまり、音楽は貴族などの特権階級のために創られるものではなく、万人の胸を打つ芸術として在るのだということが同時に宣言されたということでもある。
 


2011年7月23日土曜日

『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』(2011)

 長きに渡った物語が遂に幕を閉じた。
 2001年の初作映画『賢者の石』より、当初は幼かった役者達が物語とともに成長し、その過程を見届けているかのような感覚を覚えさせてくれた作品。荘厳でファンタジックな世界で織りなされる人物関係が魅力だった。
 最後の作品となった『死の秘宝』では、これまでの伏線が全て回収され、様々な謎が明らかになる。そして、ここで改めて明らかになったのは、この戦いは、決してハリーだけのものではなく、魔法界に属する全ての種族のものであったということである。
 まさに、オールキャストによる作品。疑心と信頼、憎しみと愛、そして、生と死が相見える壮絶なポリフォニーが繰り広げられる。

モーツァルト 「レクイエム ニ短調 K. 626」

 
 モーツァルトに対しては、優雅で開放的なイメージを抱いてきたが、『レクイエム短調 K. 626』は、そんな彼の別の一面を突きつけられる作品だった。

 長調が多い彼の作品のなかでも、ひときわ異彩を放つ短調『レクイエム』。

 死を目前にした彼の視界に映ったもの何だったのか。想像力を掻き立てられる作品

2011年6月20日月曜日

ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」


 運命がドアを叩く音によって呼び覚まされ、

 ときに揺られ、ときに荒波をかき分け、

 ついに、人は自らの人生の支配者となる。

 TOCE-6512

2011年6月13日月曜日

キューポラのある街 (1962,日本)


「しかし、よくそういうことわかったもんだな。よっぽど考えたんだな」

「そうでもないわ。色んな人が教えてくれたのよ。周りの人みんなが」

2011年5月29日日曜日

the social network (2010,アメリカ)

加速していく情報社会化と希薄化していく人間社会。

ウェブ上でコミュニケーションサイト「フェイスブック」を構築したマーク・ザッカーバーグが、実社会においては、次々と信頼関係を破綻させていくというコントラストが面白い。

そして、映像はこれぞフィンチャーと唸らせる美しさ。きらびやかではあるが脆い、ガラス細工のような世界が見事に映し出されている。

2011年5月22日日曜日

ひこうき雲 / 荒井由美 (1973)


遠い波の彼方に金色の光がある
永遠の輝きに命のかじをとろう

SICKS / THE YELLOW MONKEY (1997)


 グラマラスでありながら
 退廃的で厭世的
 
 日本のロックミュージックのマスターピース。

2011年5月21日土曜日

Moonflower / Santana (1977)


ラテン・ロックの最高峰

身体に流れる血を沸騰させんばかりに激しく囃し立てる灼熱のバンドサウンド

2011年4月29日金曜日

A FORLORN HOPE / BRAHMAN(2001)


 punk rock meets karma

 初めてクラウド・サーフィングを体験したShelterでのライブ。

2011年4月16日土曜日

ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」

 まるで現実と神秘を融合させたかのような芸術性。

 世界で最も有名であろう作曲家の、最も有名であろう作品は、人類の営みの悲哀と歓喜を高らかに奏で、歌い上げる。

 歴史的名演との呼び声高いフルトヴェングラー指揮による「バイロイトの第九」は、感覚/感情の未知なる領域に到達し、内界の宇宙を漂っているような意識すら想起させる。
 
 CDの収録時間が74分とされた根拠ともいわれるこの演奏。マスターテープの録音状態が問題とされ、「再現」のための幾多の試みがなされているが、ブライトクランク(疑似ステレオ)による「TOCE-6515」(1990年)は一押し。

2011年4月9日土曜日

VANISHING VISION / X (1988)

五感を切り裂くXの狂気!

YOSHIKIの世界観をTOSHIのヴォーカルが表現し、HIDE・TAIJIのアレンジが冴え、PATAの演奏力が支える。Xの到達点にして出発点であり、まさに5人の音楽性が一体となったダイヤモンドのような作品だ。

YOSHIKIはアルバムを制作するにあたり、自らレーベルを立ち上げ、プレスからプロモーションに至るまでの全ての作業を自分たちで行った。これぞ最強のインディーズバンドによる最強のインディーズアルバムである。

 最近になって、「VANISHING VISION」とは、『「幻影が消えていく」イメージであり、当時は色物バンドと見られていたXの表面的なイメージが消えて核が見えてくる状況を表現したとYOSHIKIは語っている』(Wikipediaより)という事実を知った。
 当時Xはバラエティ番組であることも厭わずメディアに露出し、過激な煽動をしていた。そんな彼らのやり方は、業界からは忌み嫌われるものであったが、結果として見事に功を奏し、Xのサウンドを世に広めさせた。後日「ヴィジュアル系の元祖」と称されることとなる彼らのスタイルは、本能的でありながらも、非常に戦略的な面をもっていたのである。
 そして、すべての伏線を回収するかの如く、満を持してリリースしたアルバムのコンセプトを、自らのイメージを打ち砕く「VANISHING VISION」とするとは、何たる大業か。その卓抜さを改めて思えば、一種の戦慄すら覚える。

付言すれば、このCD盤には、
・EXC-001(通称「黒盤」)
・再発版EXC-001(通称「赤盤」)
・XXC-1001(通称「リマスター復刻盤」)
の3種類が存在するが、聴き比べてみても顕著な違いはない。
XXC-1001がリマスタリングされているというのは都市伝説ではないだろうか。

SATORI / Flower Travellin' Band (1971)

 映画「人間の証明」の主題歌で伸びのある高音ハスキーボイスを披露し、その名を世に知らしめたジョー山中が70年代初めに活動していたのが、このフラワー・トラベリン・バンドだ。
 わけてもこの「SATORI」は、ジョーの狂おしげな絶叫と石間秀樹のラーガ奏法によるハイレベルなアンサンブルに驚かされるところが大きい。それらは、アルバムのジャケットにも現れているように「SATORI」全編を貫く東洋神秘+サイケデリアの世界を構成している。

2011年4月5日火曜日

All Is Violent All Is Bright / God is an Astroanut (2007)


 ポストロックの創成者たちが築きあげてきた歴史は、新たに受け継がれ、いまここに。

2011年3月27日日曜日

へうげもの(12)

 へうげもの12服、よかった。
 これまで描かれてきた信長、利休の最期の描写は、それぞれ歴史の謎をドラマテックに解釈したものであったが、この度の秀吉の最期でも、この真骨頂が見事に発揮されている。
 壮絶死を迎えるかに思われた秀吉だが、その最期は、配下の大名達が尽くした忠義「瓜畑あそび」により、病の苦しみから解放され、恍惚のなかで、安らかに永遠の眠りへと誘われるというものだった。
 織部は、利休の最期にもてなされた茶席の作法を、我がものとするかのごとく、秀吉をもてなしたということだろう。この作品は本当にストーリー構成が巧みだ。

2011年3月20日日曜日

IMAGES AND WORDS / DREAM THEATER (1992)

 プログレッシブ/ヘヴィメタルという調和しえないかに思えた二つのジャンルを見事に融合させた奇跡的なアルバム。
 メンバーの殆どがバークリー音楽院の出身であり、彼らの演奏力と構成力が、この高度な課題の達成を可能にしている。
 だがしかし、完成された技術によって奏でられるのは、むしろ原始的で神秘的な調べであり、そのことが、本作が難解でありながらも、聴く者の本能に強く訴えかける所以となっている。

LIVE AND DANGELOUS / THIN LIZZY (1978)


「The Rocker」と呼ばれたフィル・ライノット率いるバンド。

60年代のロックが終わり、70年代のロックが始まったことを象徴するサウンド。

ハードロックの定番となる2本のギブソン・レスポールが生み出すハーモニクスが、これでもかといわんばかりに、降り注いでくる。

2011年2月26日土曜日

Bitches Brew / Miles Davis (1969)


ジャズを完成させたのも
ジャズを破壊したのも
全部マイルス・デイヴィスの仕業だった。

2011年2月6日日曜日

『ザ・セル』(2000,アメリカ)


夢の世界へのトリップ、それは、自己の無意識の探索。

儚きまどろみを映像化しようとする挑戦的な試み。

哲学的にして芸術的である探究心に富んだ作品。

『ナインスゲート』(1999,フランス,スペイン)


オカルト映画の金字塔。

ロマン・ポランスキーとジョニー・デップは、悪魔の世界に足を踏み入れた。

『π』(1998,アメリカ)


円周率の謎に挑んだ男の物語。
πというモチーフを世界の謎を解く鍵として捉えるならば、その姿は神秘の扉を開けようと苦闘してきた宗教者達の姿に重なる。

『HOT FUZZ』(2007.イギリス)


アクション・サスペンスを予期させながら、トータルとしてはコメディとして仕上げられているというユニークな映画。そのシニカルなセンスがイギリスらしい。

興奮と緊張と哄笑を一度に堪能できる濃密な作品。

2011年2月2日水曜日

『JCVD』(ベルギー,2008)

ハリウッドには、海を渡り、アメリカンドリームをつかんだアクションスター達の伝説が残っている。

オーストリアのシュワルツェネッガー
イタリアのシルヴェスター・スタローン
そして、ベルギーのジャン=クロード・ヴァン・ダム

栄光と挫折を味わった第三の男は、最後の闘いを終え、安寧と平穏の地へと到達する。

遂に出現したJCVDの代表作。『その男 ヴァンダム』